地獄の三者面談から二週間後一人でクリニックを訪れた。父親は運転手を買って出たが断る。一人が楽だ。その日は骨に転移がないということで治療に入る説明を受けた。その頃はもういいやという気になり治療法計画を聞いていた。一通り聞いて「仕事は続けられますか」と訊ねた。「まあ、そういう人もいますけど」。私は家で病気と向き合うなどさらさらごめんだと考えていた。それこそ逃げ場がない。将来への不安、親からのうだうだ。そのうえ病気と向き合うと?向き合ってもどうにもなんねえよ。第一、抗がん剤は高額だ。手術や通院、放射線治療まで待っている。いい歳して貯金がないんだから働かないと。そういえばこんなことを考えてたちょうどその日、私が診察室の前で座って待っていると中から声が聞こえてきた。多分、帰り際ドアの近くで先生に訴えていたのだと思う。年配の落ち着いた声だった。声の主は「治療はしません」きっぱりと言ったので私はハッとして耳を傾けていた。続けて看護師さんの声が聞こえる。「ご家族とご相談・・・」声の主はそれを遮ると話を続けた。「介護があるんです。そうそう通院なんかできませんよ。家を空けられないんです。第一高額じゃないですか。ただでさえ介護で経済状態も良くないんです。このうえ私の治療だなんて。癌。もういいですよ。私も先が短いんだし。ほっといてもらえます?」そう言い終えたか終えてないか引き戸がガラッと開いた。戸の向こうには絶句した看護師が立っていた。引き戸が静かに自動で閉まる。女性の凛とした横画をが通り過ぎた。彼女は振り返ることなく会計係のあるカウンターへと歩いていく。白いシャツの背中はもたれたであろう箇所がよれていた。児童五ドアの出入り口から風が入るたびに彼女のシャツが左右に揺れる。ブルージーンズから延びる細い足が大きな歩幅でカウンターへ向かう。負けた。そう思った。なんだかんだはそこまでの覚悟は出来ていなかった。敗北感から逃げるが如く現実を考える。職場の事。毛が抜けること。用意しておくもの。
クリニックからパンフレットを貰う。提携している医療用ウィッグや下着等の情報が掲載された冊子。下着は直で売っているらしい。手術前に購入するのだ。かつらは直ぐに用意しなければならないと考えた。抗がん剤を打つ前に用意しなければと思い込んだ。体力のあるうちにと。医療用かつらは高額だった。家から近い舞台やおしゃれ用ウィッグを扱うショップで購入しよう。※かつらは髪の毛があるうちはちゃんとしたサイズは自分では判断難しいです。私は抗がん剤前にショートにしましたがそのうえで合わせても全抜けするとサイズは変わります。結局、全受けした後買いなおしました。医療用でないとこういう細かいことがやっぱりわかりません。